注:本記事は(2022年4月28日)に公開された(Turning Data into Evidence: The Next-Generation ‘Blue Button’)を翻訳して公開したものです。

ヘルスケアデータに関して、適切なデータを、適切な相手に、適切なタイミングで渡すにはどのようにすればよいでしょうか。

医療データに関する論議が交わされるとき、常に話題に上がる2つのコンセプトがサイロと「Blue Button」です。サイロとは、使用よりもオーナーシップに重きを置いた構造です。Blue Buttonは、「オーナーシップ」を気にすることなく、ヘルスケア情報を必要とする誰でもが、どこにいても利用できる構想の例えです。

誰にとっても残念なことですが、今でも前者のコンセプトが大半を占めています。

膨らみ続けるヘルスケアデータを検証する際には、不完全で孤立した医療データシステムからすべてが統合されたシステムに移行し、患者のプライバシーを損なうことなくユーザーが必要な情報を抽出できるようにするためにはどうすればよいか、という問題が常に付きまといます。

言い換えれば、サイロからBlue Buttonへの移行をどのように行うのか、ということです。

本記事では、関係者全員のニーズに対応する、専門家が推奨する実践的かつ初歩的なアクションをご紹介します。まずは現行システムについて見ていきましょう。

サイロの現状

診療、研究、処方、政策変更などのたびにデータが生成されます。さらに毎年、何百万という新たなアプリやウェアラブルデバイス、コネクテッド医療機器が登場しています。これらの点を考慮すると、ヘルスケア業界のデータは、ここにきて明らかに充実しつつあります。ある試算によると、ヘルスケア業界で生成されるデータは、世界のデータボリュームの30%にも及ぶそうです。

理論上は、より多くのデータとより高度な分析が、より良いアウトカムに直結すると考えられます。しかしながら、データベースの医師コンサルティング企業であるAtropos Healthの共同設立者兼最高医療責任者であるSaurabh Gombar氏によると、実際には大きな問題が立ちはだかっているそうです。その問題とは「データがどこにあるか」という問題です。

Gombar氏は次のように述べています。「現在、ほとんどのデータはサイロ化されています。病院のシステムは独自の電子カルテシステムを持つことが多いためです。」これらのシステム内に保存されているデータの相当数が構造化データであり、検索や分析が容易となっています。しかし、医師のメモといった非構造化データも多くあります。

「それらは有益な情報であるにもかかわらずプレーンテキストとして保存されており、特定の方法での構造化がされていません。これは、医療制度が個人をどのように捉えているかを示しています。データは個々のプロバイダーに制限されていることが多く、ほとんどのシステムは他のシステムと連携するように設定されていないため、以前のシステムから新たな患者の情報を得ることは困難です。」

運動器具のようなサイロ化されたソースから得た個人の健康情報はさらに、集約データに含まれる可能性が低くなっています。

Blue Buttonとデッドボルト

当初のBlue Buttonは米国政府内の一握りの機関が対象で、これらの機関が必要に応じて健康情報を利用できるようにするためのものでした。

使用者を大幅に拡大するためには、データの内容やタイミングの観点から適切なデータ使用者を定義する必要があります。Gombar氏は、適切なユーザーとは意思決定者に基づいて変化するものであり、この状況は、これがなければ何も「適切」にはなりえないというデータのある側面、つまり「プライバシー」の保持に役立っています。

Gombar氏は次のように続けています。「私たちは正しいユーザーが正しいデータを利用できるようにしたいと考えています。そのため、個人の健康情報は、意思決定という観点から医師や看護師、開業医が適切な情報利用者であると考えます。」

「適切な情報を適切なユーザーのために保有している限り、自動的にプライバシー要件を満たしていることになります。特定の患者にとってまったく関係のない相手に健康情報を公開し始めてしまうと危険だということになります。」

プライバシーの観点における追加義務として法規制の遵守があります。米国では、厳しい医療保険の携行と責任に関する法律(HIPAA)があり、ヨーロッパではGDPRが同様の役割を担っています。企業にプライバシーを保護させる別の手段としてAIの利用があり、プライバシー侵害の防止に有効です。AIシステムのトレーニングに使用されるデータセットは、原則として個人を特定する情報を必要としません。結局のところ、匿名化されていても個人情報の検出は常に可能です。そのため、ハッカーが情報の不正入手を断念するようにセキュリティを強化することは、情報管理者の責任と言えます。

ただし、患者からの信頼を高める上で規制やデータの匿名化は有効であり、データシェアリングにとって不可欠な要素となっています。

トランザクションデータから分析データへ

Snowflakeのヘルスケア&ライフサイエンス担当業界プリンシパルであるTodd Crosslinは、より多くのデータをより有効に活用する方法について、つまりブルーボタンを押すことは「トランザクションデータから分析データへの移行」だと称しています。このようなデータの移行が進むとともに、データは情報となり、さらに情報は、健康に関するよりスマートな判断を導いてくれます。

Crosslinは次のように述べています。「基本的なアナリティクスしか使用できないような、データの第一段階にあたる医療デバイスが非常に多く存在しています。」例えばフィットネスモニターを装着していると、「1000歩歩きました。これは階段を35段上ったことに相当します」と表示されます。しかし、デバイス会社はそれ以上突き詰めてデータを分析して提案を行うようなことはしません。基本的なインテリジェンスは入手できますが、これは未加工のトランザクションデータです。

彼は次のように続けています。「私たちが望んでいるのは第2段階である、高度なアナリティクスとデータサイエンスへデータを移行させることです。」

ユーザーがデータを情報に変換し、その情報を医療問題の理解に使用される際、研究が行われます。Crosslinはこれを、リアルワールドデータからリアルワールドエビデンスへの移行と呼んでいます。

Crosslinは次のように言及しています。「そこには重要な差別化要因が存在しています。リアルワールドデータはデータであり、リアルワールドエビデンスはそのデータに関するアナリティクスです。」データからエビデンスへの移行は、グローバルなブルーボタン実現への大きな一歩と言えます。

個人的な例

Crosslinはブルーボタンがいかに強力かを示す個人的な例を紹介してくれました。彼は、動悸が激しくなったため、医師の診察を受けました。医師はさまざまな質問をし、さらにさまざまな検査を行いましたが原因は分かりませんでした。最終的に、医師がチャートが示す酸の逆流に気付き、オメプラゾールを摂取したことがあるかどうかを質問しました。Crosslinは非常に驚いたものの、摂取したことがあると答えました。彼は胃酸の逆流のためプリロセックを飲みましたが、その有効成分がオメプラゾールでした。医師は、その成分が人の体内にあるマグネシウムを激減させ、Crosslinが体験したような症状を引き起こすということを読んだことがありました。

もしCrosslinの医師がその質問をしなければ、もしくはあまり文書化されていない副作用について目にすることがなければ、Crosslinは苦しみ続けていたことでしょう。一方、もしその医師が、店頭で販売される薬剤情報を含めたすべての適切なデータとつながっているブルーボタンを押すことができたなら、もっと早期に彼の症状に対する診断が下されたと思われます。

グローバルなブルーボタンの実現は、そのプロセスに対する抽象的な質問ではありません。単なる診断における課題や公共政策の事案、財務上の懸念事項でもありません。患者にとっては、生死を分ける問題になりえます。この実現に向けた責任は、私たち全員が負うものですが、データの理解や使用に深く関わっている関係者は、その開発や導入に対し、より多くの責任を担っているかもしれません。今こそ、この問題について迅速に、大きな声で、公的に、話し合うべき時です。