注:本記事は(2021年7月21日)に公開された(Lockdown Sends Chess (and Data) Soaring)を翻訳して公開したものです。

7月20日に開催された今年の国際チェスデーは、例年と少し違う様相を呈していました。

原型はすでに7世紀ごろに誕生していた歴史あるチェスですが1 、このコロナ禍において、新しいプレイヤーが続々参戦しロックダウン中の時間を過ごすという、ある種のデジタル版ルネサンスを迎えています(Netflixのドラマ「The Queen’s Gambit」も好評を博しています)。

The Queen's Gambitの放映がNetflixで始まったとき、Chess.comのオンラインコースで序盤の駒の動きを習っている受講者のうち、「Queen's Gambit」というユーザー名を使用している人が1,000%増えたそうです。

出典:Chess.com

たとえば、オンラインプラットフォームのChess.comでは、プレイ数が驚異的に伸びています。2019年3月時点の同サイトのアクティブユーザー数は1日あたり100万人でしたが、1年後には500万人となりました。

世界のトーナメントの多くがオンラインに移行する中、チェスの対局もウェブサイトやZoomに置き換わりました。

ボストンエリアのMetroWestチェスクラブの社長兼アービター(チェスの審判という意味)であるMatt Phelps氏によると、クラブでの平日の夜の集まりは形態を変えざるを得なかったとのことです。これまで、クラブのトーナメントでは、毎週火曜の夜に各プレイヤーが1回のロングゲームを戦うのが通常でしたが、今では複数の短いゲーム(ブリッツ)をChess.com上でプレイするスタイルになりました。

「プレイヤーとの交流を続け、クラブが休眠状態にならないようにするには、これがベストの方法でした」と、Phelps氏は言います。

幸いなことに、デジタル化はチェスにとって目新しいことではありません。2 別のオンラインチェスサイトであるInternet Chess Clubは、BBS掲示板のチェスゲームから進化したもので、設立は1995年です。

現在のチェスはデータドリブン型のエンタープライズです。

チェスの進化のためのデータ分析

事実、チェスは数多くのデータを生み出します。

「私がチェスに惹かれる理由の1つは、ゲームの中で起こるあらゆることがデータとなり、後からそれらで遊べるという点です。他の分野では、これほど多くのことを捕捉することは困難です」と、Chess.comでチーフラーニングオフィサーを務めるデータサイエンティスト、David Joerg氏は述べています。

Joerg氏によると、「チェスは、インタラクション分析の元祖の1つと言えるもので、対局中にも対局後にも、重要なことのすべてを分析に利用できます。」

チェスプレイヤーは、何百年にもわたって自身の棋譜を手書きで記録してきました。現在のシステムは非常にコンパクトで、たとえば最初の動きは1.e4などと記録されます。ですから対局が非常に長時間に及んでも、棋譜や時間などの詳細を、ほんの数キロバイトの小さなデータファイルに保存できます。Phelps氏によると正式なトーナメントでのチェスの対局はすべて、何百万もの対局のあらゆる駒の位置を含めて、商用データベースで提供されているそうです。

さらに、Chess.comのようなプラットフォームでは、何百万もの非公式な対局が毎日記録されています。

Chess.comでは、毎日およそ1000万~1100万件の対局をホストしています。

ソース: Chess.com

しかしチェスに革命を起こしたのは、その記録だけではなく、コンピュータアルゴリズムの力が向上して、駒の位置を分析し、最良の手を特定できるようになったことも挙げられます。

チェス「エンジン」は今では、人類最高のプレイヤーよりも強くなっています。 

実際に、ディープラーニングを活用したGoogleのAlphaZeroチェスエンジンは、対局のデータセットの調査のみに基づいて、独自の評価アルゴリズムを記述しました。そしてすぐに、以前開発された最強のエンジンを打ち負かしました。3 AlphaZeroの対局を見た英国の有名なチェスのグランドマスター、Nigel Short氏はソーシャルメディアでこう発言しました。4 「まるで神が目の前にいるように感じた。」

AlphaZeroは市販されていませんが(しかも実行するには非常に強力なハードウェアが必要ですが)、チェスプレイヤーは他のエンジンを使用して、自身のプレイを分析したり、世界クラスのグランドマスターの対局を研究したりできます。コンピュータデータ分析は今や、チェスを上達させる上で最も強力な手段となっているようです。

チェスの腕を上げたい人は、自身のデータを興味を引くように可視化することで、序盤の最善の指し手や犯しがちなミスを特定できます。時には、単に楽しみのために分析することもあります。5

しかしいずれにせよ、データ分析の可能性は、能力向上や楽しみだけではありません。

チート(およびチート防止)のためのデータ分析

2019年7月、ラトビア出身のグランドマスター、Igor Rausisは、フランスで開催されたチェスのトーナメント大会、ストラスブールオープンの対局中に、チェスエンジンを使用したことが発覚しました。Rausisはトイレの個室に入り、自分の携帯電話を利用してプログラムに駒の位置を入力していたのです。

結果、Rausisは苦労して勝ち取ったグランドマスターの称号を剥奪され、チェスの大会への出場が禁止されました。6

ライブのトーナメント会場ではない、自宅のコンピュータを使用したオンラインゲームのプレイ中にチート行為をすることは、どの程度の難易度でしょうか。

非常に簡単です。よってオンラインチェスで敢えてチート行為をする人々と、チート行為を特定し、断固として締め出そうというChess.comのようなプラットフォームとの間で、いたちごっこが起きています。

Chess.comでは、7人のフルタイム従業員から成る「フェアプレー」チームを設け、チート撲滅に全力を挙げています。チート行為も初期の頃は、さまざまなチェスエンジンが推奨する「最高の一手」に近い動きばかりだったため、特定が容易でしたが、今ではチート行為をする側も跡を残さないよう、戦術をさまざまに織り交ぜています。

Chess.comのチームは、最近のわずか1か月で2万2,900アカウントをフェアプレー違反で登録抹消しました。そのうちの10名は、国際的なタイトルを獲得しているプレイヤーでした。違反者は新規アカウントを開くことも禁止されており、当然この方面でも回避策と発見方法は進化し続けています。

Joerg氏は次のように語っています。「私たちが解決しようとしている問題は、スパムメールを特定しようとする活動に似ています。これは本物の人による行動か、人の行動のように見せかけるために適用されたオートメーションによるものかの特定です。」

チート行為とその検出は、データと分析を用いた興味深い活動ですが、Joerg氏によると、チェスの習得やその他の善意のアプリケーションにはまだ工夫の余地がたくさん残っているとのことです。他のビジネスと同様、Chess.comはテストやデータを駆使して、サイトに導入できそうな新機能について分析しています。 

また、誰でも利用できるチェスデータが豊富にあります。Joerg氏自身、Kaggleのデータサイエンスコンテストを通じてChess.comと連絡を取るようになったのが始まりでした。

Joerg氏はこう語ります。「Chess.comも、独自のAPIを提供しています。皆様にはぜひ、APIにアクセスしてゲームをプルして、それで何ができるかを体験していただきたいと思います。チェスに関する興味深い問いかけにどう答えたらよいか、私たちは模索を始めたばかりです。」


1 britannica.com/topic/chess/History
2 chessclub.com/sitehelp/about
3 www.chess.com/news/view
4 bit.ly/2UMz5hg
5 bit.ly/2UVaDdq
6 bit.ly/3ifW0cZg