注:本記事は(2021年7月20日)に公開された(How to Combat Cognitive Bias)を翻訳して公開したものです。

認知バイアスとは、少々印象操作的な言葉です。これは、よりデータドリブン型となるために努力している企業にとって問題になりがちですが、多くの認知バイアスは、たいていは有益な思考プロセスの裏面のような存在です。

パリ高等商業研究院の教授であり、「You’re About to Make a Terrible Mistake!(あなたは恐ろしい間違いをしようとしている!)」1の著者であるOliver Sibony氏は、認知バイアスとはヒューリスティックが悪い方向に行ったものだとしています。

ヒューリスティックとは、ある種、生活を円滑にするための近道的な思考です。たとえば米国の場合、道を渡る前に左を見るのはヒューリスティックです。歩行者にとって最も差し迫った危険は左から来るという実用的な思考習慣です。しかしながら、米国人が英国を訪れた場合、車は道路の左側を走っているので、この習慣は認知バイアスとなります。ある背景では有用な習慣が、別の背景では役立たずに、あるいは危険にすらなり得るということです。

こうした思考習慣は、ノーベル賞を受賞した経済学者のDaniel Kahneman氏の著書のタイトルにもなってる「thinking, fast and slow(すばやい思考と遅い思考)」をよく表しています。2 たとえば、ある形式の認知バイアスはfirst instinct fallacy(第一印象の誤謬)と呼ばれます。人はしばしば、本能に従って、すなわち直感で動こうとしますが、リサーチによると、問題についてより長く考えた方が、正解に至るチャンスが高まるそうです。

とは言え、Verywell Mind社の記事によると、ヒューリスティックな考え方は元々、進化の過程でよりすばやい意思決定を可能にするために発達した能力だそうです。3 もちろん、思考のプロセスが速いことは良い面も悪い面もあります。企業のリーダーはヒューリスティックがバイアスとなるタイミングを把握し、それを防止してバイアスを是正する対策を講じなければなりません。そのような是正がなければ、組織は前例があるからという理由だけで、状況がその時とは大きく変化しているにもかかわらず、過去と同じ決定を繰り返すことになります。データの文脈で言うと、認知バイアスは不正確な分析や誤ったビジネス判断という結果を招きます。

企業はさまざまなモデルを使用して実験し、広範なソースから情報を仕入れる必要があります。これが唯一の対抗手段です。

認知バイアスは簡単には排除されない

認知バイアスはさまざまな形で表れ、組織の効率性をじわじわ蝕みます。これらのバイアスには、第一印象の誤謬に加えて、誤った判断にかなりの資金を投入し、抜け出せなくなる埋没費用の誤謬や、タスクを完了するのに必要な時間を低く見積もる計画の誤謬も含まれます。

Sibony氏は次のように述べています。4 「自分のバイアスに気づくだけでは、バイアスは解消されません。意思決定の質を上げる唯一の方法は、組織レベルで意思決定の方法を変えることです。」

同氏は、複数の異なる当事者が参加するよう意思決定プロセスを構築し、1人では気づかないようなバイアスを他の当事者が察知できるようにすることを推奨しています。意思決定に異なる当事者を含めることで、ある程度のバイアスに対抗できます。意思決定を評価するグループのバックグラウンドが多様であればあるほど、多くのバイアスを解消できる可能性があります。

ドイツの電気会社、RWEのCFOであるBernard Günther氏が『McKinsey Quarterly』誌に寄せた記事「A case study in combating bias(バイアスとの闘いのケーススタディ)」によると5、彼の組織が意思決定のダイナミクスを分析した際、ある事実が明らかになったそうです。

Günther氏は次のように記しています。「我々は複合的な認知バイアスに陥っており、現状維持バイアスと確証バイアスにより、世界は常にこれまでどおりだと思い込んでいました。」

RWEが取り入れた対策の1つは、大きな意思決定をする際に「悪魔の代弁者(devil’s advocate)」を置くことです。

Günther氏によると、悪魔の代弁者は「意思決定に対して個人的な利害関係がなく、階層で十分上の位置(たいてい取締役会より下)にいる、できる限り独立した立場の人」となります。代弁者の仕事は、建設的な緊張感を生み出し、最終的に下される意思決定の信頼性をさらに高めることです。

「新しい製品をローンチするとき、または新しい工場の建設を計画するとき、あるいはオリンピックのような大きなイベントを企画するとき、プロジェクトの時間とコストを低く見積もりすぎて、最終的には予定をオーバーしてしまうことが非常に多くあります」と、Sibony氏は述べています。「私たちはそうしたことを認識し、実際に見聞きし、研究し、警告され、予防措置を講じているにもかかららず、同じことが何度も起きてしまいます。時に厳しく警告を受けていたとしても、過ちを繰り返してしまうのがこのバイアスの特性です。」

ビジネスマンの人物像と言えば、William Dean Howellsの小説『The Rise of Silas Lapham (サイラス・ラパムの向上)』からAyn Randの『The Fountainhead (水源)』まで、とてもパワフルな人というイメージがあります。そのため、意思決定を複数人で行うということは性に合わないと感じるかもしれません。

しかし、反復的で協調的なプロセスを受け入れることを学ぶと、意思決定に反対される心の痛みが和らぐ可能性もあります。SnowflakeのプリンシパルデータストラテジストであるJennifer Belissentは、意思決定(計画決定その他)を、1回限り(one-and-done)のモデルから相互作用するモデルへと変革することを提唱しています。たとえば予算は、完璧だと確信できるまで、1人ではなくさまざまな関係者からの情報を用いながら、一連の草案に基づいて作成します。

意思決定時だけに表れるわけではない認知バイアス

Belissentによると、認知バイアスはしばしば「通常の業務」でも表れるそうです。

「ある物事を行うとき、あなたはどこに向かいますか?」と、Belissentは尋ねます。「何かが起こったら、誰に相談しますか?また、特定の問題に対して、どのように対処しますか?物事を行うとき、どのような近道を通りますか?」

このような昔からの習慣や脊髄反射に頼る傾向は、独創性やイノベーションが目標である場合、問題になります。

「もしあなたが独創性を求めている場合、新しいやり方を求めている場合、新しいインスピレーションを求めている場合、これらの癖に抗う必要があります」と、Belissentは言います。

McKinsey Quarterly誌の「Three keys to faster, better decisions(より迅速で、より良い意思決定のための3つの鍵)」6には、AmazonのCEO、Jeff Bezos氏が意思決定にもたらしたイノベーションについて、こう記されています。「2017年4月、CEOのJeff Bezos氏は、Amazonの株主に向けた手紙の中で、意思決定に関して「disagree and commit(異議を唱えつつ、決まったらコミットする)」という概念を紹介しました。これは良い助言ですが、しばしば見過ごされがちです。意思決定を任されたエグゼクティブは、合意の挙手または相槌が得られれば、仕事は終わったとばかりに会議室を去ることがあまりにも多くあります。これはまったく違います。」

より効果的にかつ独創的になるためには、個人の集まりからチームへの、1回限りのモデルから反復的モデルへの変革が必要です。この変化にはゲームのような要素もあります。心から賛同できる何かを、好きな人や尊敬できる人と一緒に創造することは楽しいものです。このアプローチによって、私たちは個性が奪われるわけではありません。むしろチームのメンバーとなったときに、できることが増えるのです。

結局、バイアスを組織に昇華させる最も簡単な方法は、1人の人物または1つのグループに任されている意思決定を統合することです。バイアスを打ち破る最も信頼性の高い方法は、意思決定の議論に参加する声の数、すなわち経験や視点の多様さを増やすことです。

認知バイアスのすべてが悪であるわけではありません。バイアスの存在を認め、それらがデータの誤解釈や誤ったビジネス判断につながりそうな時にうまく対処できるかどうかは、リーダーの腕次第です。

1 bit.ly/3B5ztIh
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3 bit.ly/3yWeGVN
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5 mck.co/3AtRIHf
6 mck.co/3hEvoC9


認知バイアスの克服に関する参考文献:

You’re About to Make a Terrible Mistake! Olivier Sibony著

Thinking, Fast and Slow Daniel Kahneman著

Think Again Adam Grant著

The Hidden Brain Shankar Vedantam著